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ゼロからわかるフリーランス新法。クリエイターが知っておくべき権利と義務とは

2024年11月に施行された、いわゆるフリーランス新法(以下、フリーランス法※)。フリーランスの方と発注事業者との取引の適正化や、就業環境の整備を図ることが目的の法律です。

どんな項目があるのか?メリットやデメリットは?
そんな疑問をお持ちのクリエイターのみなさんに向けて、フリーランス法や出版権について、著作権の専門家・河野冬樹かわのふゆき弁護士にわかりやすく教えていただきました。

※「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法)(令和5年法律第25号) https://www.jftc.go.jp/fllaw_limited.html
※本記事は、2024年11月20日に開催されたTales & Co.主催の無料オンライン勉強会「漫画家・小説家・シナリオライターのためのフリーランス新法 勉強会」の一部を抜粋したイベントレポートです。


出版業界における2つの「契約」を把握しよう

「業務委託契約」か「出版契約」か?

——ふだん河野さんは、漫画家などの依頼でお仕事をされることが多いんですよね。本日は多くの作家が気になっている出版業界とフリーランス法の関係を教えてください。

河野冬樹先生(以下、河野) フリーランス法で変わったことはいろいろとありますが、本日は以下を理解することをゴールとします。

【本稿で目指すゴール】
①出版業界における契約の形態について理解する。
②各契約の形態における、作家の権利義務について理解する。
③どんなときに弁護士に相談すればいいかがわかる。

ではまず、出版業界における契約の形態について説明しましょう。出版業界には、大きくわけて2つのタイプの契約があります。
①業務委託契約
②出版契約
ですから、どの契約が何の法律の対象にあたるのか把握する必要があります。

「業務委託契約」は「委託」が前提になり、フリーランス法の対象です。一方、同人誌などですでに原稿があり、これを前提に作家が出版社に出版権(後述)を設定する場合は、著作権法における「出版契約」になります。

契約によってどのような対応ができるのか、具体的な例で解説しましょう。

ケーススタディ1(業務委託契約):原稿料が支払われない

河野 この場合、業務委託契約を結んでいることが前提になります。フリーランス法では業務委託をしている場合は書面を作成しないといけない建て付けになっているからです。これまでの業界の通例では書面の作成はうやむやになりがちなので、しっかり行っておきましょう。

業務委託契約が成立していれば、出版社(委託)側の理由によるキャンセルであっても、作家(請負)側は制作した分の仕事に対する報酬は請求できます。正当な理由のない原稿の受領拒否はフリーランス法に違反する可能性もあります(フリーランス法第5条)。

これを根拠に弁護士と相談して裁判を起こすこともできますが、裁判がたいへんなら公正取引委員会への申出も可能です。公正取引委員会から出版社に勧告を行い、したがわないときは最悪の場合、刑事罰の可能性もあります。これがフリーランス法で一番期待されていることでもあります。

ケーススタディ2(出版契約):他社から出版したいと伝えたら損害賠償請求するといわれた

河野 このケースのポイントは、作家は出版社と契約しているといえるのか、です。結論からいうと、「次の新作を出しましょうと話した」だけでは、通常は契約は成立していないと思われます。

この段階で出版契約は結べるのかというと、そう簡単ではありません。なぜなら原稿ができていないからです。

仮に契約が成立しているとします。すると出版社は納品された著作物の質が想定より低くても、それを本にして出版しなければなりません。なぜなら出版契約の不履行になってしまうからです。

別の見方もできます。そもそも、出版契約の対象になるのは原稿料ではなく印税です。印税は本の部数や価格などから導き出すので、原稿ができていない段階で印税を算定するのは非常に難しいでしょう。

このことから、仮に出版契約が成立していても、出版社が成果物を出版する義務まであるのか?という見解もあります。

まとめると、以下のようになります。

——では、出版業界での契約は「業務委託契約」「出版契約」のどちらかにキッパリと分かれると考えていいのでしょうか?

河野 いいえ。実際はこれほど単純ではありません。とくに漫画家にありがちなケースで解説します。

ケーススタディ3(応用問題):連載が進んだら単行本にしたいと伝えたが、その後、書籍化がうやむやになっている

河野 この場合、単行本の出版に関する契約が成立している、とするのは難しいでしょう。著作物が連載されても、出版社に本の出版の義務まであるとはいえません。仮に出版契約が成立していても、部数や印税は決まっているのか、という話になります。

むしろ、他から出版する選択肢があるかが問題です。なぜなら連載契約(業務委託契約)では、連載した作品を他から出さないという条項が入っている場合があるからです。

なので例えば、◯ヶ月以内に単行本を出版しないのなら他から出版してもいい、という条項を契約に入れておきましょう。でないと、せっかくかいたのに連載だけで単行本にできない事態が起きます。

また、その出版社から単行本を出すしかないとなった場合、無償でおまけページや表紙をかくことになるかもしれません。それを強要されたとき、フリーランス法の保護対象になるかは非常に微妙です。なぜなら、単行本の出版(出版契約)はフリーランス法の範囲外だからです。

出版契約における著作者の権利義務とは

出版契約とは?

——出版契約を理解するために、まずは出版権について教えてください。

河野 出版権とは、作家が出版を引き受ける者(出版社)に対し設定する権利のことをさします(著作権法79条1項)。

なので出版契約とは、作家が出版社にお願いされて納品するという契約ではなく、著作物に対するライセンス契約の一種です。“純粋”なライセンス契約なら、フリーランス法とは関係ないという解釈になります。

“純粋”とことわりを入れたのは、例えば表紙を発注されたり、本を出版することを前提に出版社が希望する原稿を発注されたりしたらどうなるか、など非常にグレーだからです。

そして、原作のまま複製し頒布する権利と、紙や電子書籍などで公衆送信をする権利があります(著作権法80条)。「原作のまま」がポイントで、単に「複製する権利」だと、改変できるのかと受け止められてしまう可能性があります。

出版権の特徴

河野 出版権にはユニークな特徴があります。普通、権利は持っていても行使はしなくてもいいのが一般的です。

例えばSNSの利用規約に、SNS運営は投稿された内容を自由に利用する権利があるという記述があったとします。でも、SNS運営は投稿を無理に利用しなくても契約違反にはなりません。

しかし出版権に関しては、出版権の設定を受けたら出版社は出版の義務もあるという条文があり、完成原稿を受け取ったら、半年以内に出版義務を行う必要があります(著作権法81条)。ただし、出版するまでの期間は契約で変えている場合があります。

出版義務が果たされない場合

——出版社が重版をしてくれないケースもありますね。

河野 出版社が出版義務に反して本を出版しない場合、「出版権の消滅の請求」(著作権法84条)ができます

例えば出版社が「品切重版未定しなぎれじゅうはんみてい」(出版元や取次店に在庫がなく、出版元による重版の予定もないこと)にしている場合、出版権を持つ作家は期間(3ヶ月)を定めて履行を勧告し、履行されないときは、出版権を消滅させることができます。

つまり作家は、出版義務を消滅させて他社から本を出すことができるのです。いまなら、出版社から作品を引き上げてAmazonのKindle(KDP)で出版したり、同人誌として出したり、という選択肢もあるでしょう。

ただし、作家が出版社に対して、自分で出版義務の履行の催告をする必要があります。

また本が出版されないなら、作家は出版社に債務不履行による損害賠償請求ができるか、を付け加えておきましょう。

この場合、本をかくのにかかった作業の労力(取材費、アシスタントへの支払いなど)が損害だという建て付けでの損害請求は、できないわけではありません。ただし、本が出ていた場合の収益を求めるのは無理があるのでおすすめしません。

フリーランス法が適用される場合の発注者の義務とは

業務委託をした場合に義務を負うのは誰?

——フリーランス法での発注者とは、誰をさしているのでしょうか?

河野 発注者は出版社などの会社はもちろん、個人をさすこともあります。フリーランス法は個人と個人の間でも成立する法律で、例えば漫画家とアシスタントという関係なら、漫画家が発注者です。発注者のうち、一人でも従業員を雇っていたり、法人で代表以外に役員がいたりする場合を「特定業務委託事業者」といいます。仕事を受ける側は「特定受託事業者」です。

なお、業務委託をした場合に義務を負うのは、特定業務委託事業者です。

特定業務委託事業者の義務とは

——特定業務委託事業者が守らなければならない義務とは何ですか?

河野 給付(委託されて制作する成果物)の条件を明示しなければなりません。そのために書面(契約書)の作成義務があります。

河野 ここで問題になるのが、クリエイティブな仕事では、給付の内容を完全に決めるのは簡単ではない、ということ。そもそも著作物は表現に幅があるからこそ著作物といえるものです。ならば、作るべき成果物の内容が一時的に定まらないからこそ著作物であるともいえます。

なので特定業務委託事業者は、特定受託事業者と打ち合わせを密に行うなどし、給付の内容をできる限り明示する努力をしなければなりません。

——他にはどんな義務があるでしょうか?

河野 いくつかの禁止行為があります。

河野 例えば、依頼した仕事をキャンセルして成果物を受け取らない、報酬額を減らす、一度成果物を受け取ってから受領を拒む、などです。

ただし報酬額については、正当な理由があった場合は全額支払いの義務は発生しません。これは、民法の「瑕疵担保責任かしたんぽせきにん」にあたり、仕事の目的物に対して瑕疵(欠点)があった場合は、それを理由に代金の減額が認められています。

注目すべき禁止行為は、「同種、同類の内容の給付に通常支払われる対価に対して著しく低い報酬を不当に定めること」です。何をもって「他と比べて著しく低い報酬」とするのかが曖昧なので、今後この基準を考えなければならないでしょう。

二次的著作物に関わるフリーランス法の事例

——関係者の多いコミカライズなどの二次的著作物の場合、発注側や委託される側はどんなことに注意すべきでしょうか。

河野 コミカライズのみならず、ドラマ化、アニメ化、ゲーム化など、あらゆるところで問題になる可能性があります。次のケースで解説します。

河野 この場合、コミカライズ作者は、業務委託を受けているのでフリーランス法の適用対象です。

出版社は原作者から許諾を得られていないので、成果物をそのまま出版できません。しかし、原作者の許諾が出るまでコミカライズ作者に無償でかき直させるのも、受領を拒否して原稿料を支払わないのも、フリーランス法に触れてしまう恐れがあります。

とはいえ出版社は実務上、コミカライズ作品が完成していない状態でコミカライズ作者と契約書を取り交わす必要があり、板挟み状態です。

もしあなたが許諾する(原作者)側なら、希望はなるべく早めに出版社に伝えましょう。包括的に好きにやってくださいなのか、変えてほしくないこだわりがあるのでこの条件を守れば許諾しますなのか。それが書面で明示されていれば、出版社もそれほど困らないと思われます。

依頼された(コミカライズ作者)側なら、まずは出版社に原作者の許諾が取れているのか確認します。許諾が取れていないのなら、キャラクターデザインなどをラフの段階で原作者に見てもらうなどして、密なコミュニケーションを取るくらいしか対策はありません。

それでもなお、ちゃぶ台をひっくり返されたら、そのような仕事をしている出版社がきちんとリスクを取ってください、という契約内容にせざるを得ないと思います。

自分がフリーランス法上の義務を負う場合もある

——税金対策のために法人化しているフリーランスの方もいらっしゃいます。注意すべき点はありますか?

河野 フリーランス法が施行されたいま、安易な法人化は注意が必要だと思います。フリーランス法において、特定業務委託事業者は次のとおりです。

特定業務委託事業者の定義(第2条6項)
一 個人であって、従業員を使用するもの
二 法人であって、二以上の役員があり、又、従業員を使用するもの

これを読み解くと、特定業務委託事業者とは「従業員を雇っている個人」「自分(社長)以外に役員がいる法人」をさします。なお、個人事業主で従業員を雇っていない人、法人化はしているが自分だけが役員になっている人は、フリーランス法で保護を受ける側です。

逆に、家族を役員にしているケースは結構クリティカルな状況といえるでしょう名ばかりであっても2人以上の役員がいる法人なら、発注者として社会的責任を負うからです。役員が複数いる合同会社も同様。ハラスメント対策等の措置も講じておかなければなりません。

税金が安くなるから法人化したのに、余計な管理コストがかかるかもしれません。法人化を考えているのなら、税理士や司法書士の他、弁護士にも相談したほうがいいと個人的には思っています。

さいごに

——法律家としてみなさんへのアドバイスをお願いします。

河野 一番お伝えしたいのは、法律があるからといって、自分で何もしないのに法的に守ってもらえると捉えるのは誤解ですよ、ということです。

確かにフリーランス法はフリーランスの方を保護することが目的で施行されました。ただ公正取引委員会にもリソースがありますから、通報もないのに勝手に動いてくれて、自動的に問題が解決することは期待できないでしょう。結果的にそうなる場合はあるとしてもです。

また、出版契約などフリーランス法が関係ないのならなおのこと、自分の権利は自分で守らないといけません。フリーランス法が適用されないとは、出版社との契約がないということです。その状態で出版社のいうことに逆らってはいけないと思っていたら、いくら法律上は自由であっても、あなたが自由意志でしたがった、と解釈するしかありません。

身も蓋もない話ですが、法律ができたから自分の権利は安泰だとは思わないでください。自分を守れるのは自分だけです。自分が不当な扱いを受けているのならば、公正取引委員会に通報したり、弁護士に相談したりしてくださいね。

——ありがとうございました。

(敬称略)

登壇者プロフィール

河野冬樹
第一東京弁護士会所属。法律事務所アルシエンパートナー弁護士。世田谷区在住。本好きが高じて学生時代より出版関係に関わり、クリエイター関係法務を主に取扱う。

モデレーター・萩原猛(Tales & Co.株式会社 代表取締役社長)
株式会社ぎょうせい、株式会社幻冬舎コミックスを経て、富士見書房(現KADOKAWA)に入社。ドラゴンブックデスク、ファンタジア文庫副編集長、富士見L文庫初代編集長、カドカワBOOKS初代編集長、カクヨム初代編集長を歴任したのち、2017年に退社。以来、数多くのアニメやゲームの企画制作に関わりつつ、2024年にTales&Co. 株式会社を設立。